いつでも遺っ書

脅迫文と家庭菜園が何より好きな思想家が
酸素ボンベをつけたまま金魚鉢に裸体を捻じ込んで
三年前に人を殺したせいでもう随分と変えなくなった畳の下で
「親を大事にしない若者はバカヤロウだ」と
安い居酒屋で汗をかきながら男が顔を真っ赤にして怒鳴るのです
しかし私は知っていました
男は病気の母親が疎ましくなり故郷を捨てて上京したことを
そしてちくりと赤く腫れあがるほおずきのような罪悪感から
逃れるために週に一度だけ電話をしていること
私は人間はみんな同じ皮をかぶった気持ちの悪い生ゴミのようなものだと
だから不安がることはない あなたは怯えているだけだと
彼にどうにか伝えたかったのですが
次第にどうでもよくなってそのまま電車を乗り継いで帰りました
男は今でも安い居酒屋の隅に座りながら
憤りの無い怒りを目に濁らせることしかできず
三日月のように細くなった目で笑う私と
見透かされた寂しさを道連れに自慰に耽っているのでしょうか

凝り固まって油の浮いている役に立たない理想論を
押入れで隠れて泣いている我が子に絵本がわりに与え
だらしなく揺れる年老いた乳房が子供の頃の思い出を掻き出し
遠い存在のアイドルのポスターを壁に貼ることでしか
己というものを表現できなくなってしまった事にも気付かず
食堂で食べたラーメンと餃子は冷たくて美味しくはなかったのに
店の主人に「御馳走様でした」と会釈をする自分の姿が雨の道路にうつり
不能の役立たずはみんな死んでしまえという気持ちに駆られ
人間は皆 糞っ垂れの共産主義かぶれだと思わずにはいられないのですが
やはりこれも次第にどうでもよくなって飽きてしまったので
今度は道端で売られている魚屋のタコに夢中になってしまいました

あれは8年ぐらい前の出来事でしたか
子供が作れないという理由で女を捨てた男のドアを
しきりに叩いている音だけが廊下に響いているのです
玄関の向こうで女が泣きながら謝っているのが聞こえてくるので
私はあなたは強い人だ 逃げているのは種のない男のほうだと
言ってやりたい気持ちになりましたが
つまるところお前も私も存在価値のない猿のようなものだと
つい口を滑らせてしまい鉄製のスコップで殴られた時の
大きな痣を隠すために今夜も粉を顔にはたいているのですが
どうも腑に落ちないことが一点
なぜ人は死に逝く時に「さようなら」と言うのでしょう
とっておきの新品の帽子のつばを少し上へあげたと思えば
「   」と言って私は死にたい




2011 / セックス水死体